ファースト・コンタクト〜first contact〜
著者:shauna
近づいてみるとそれはお菓子で出来た小さな小屋じみた家では無かった。
立派な洋館だ。
白い外壁の3階建ての洋館はまるで高級ホテルを思わせる程に豪華で所々に金の装飾が施されている。窓はすべて両開きの木枠製で良く見ればその木枠にも細かな細工がしてあった。
思わず口をあんぐりと開けてしまう。それほどにその洋館は壮大だったのだ。
アスロックはそのままその家の玄関へと向かう。
2階のバルコニーの下に大理石で造られた数段の階段を含む金色のロゴ入りチェス盤状の床を踏みしめるとその奥には大きな樫の扉があった。その扉に付いた獅子顔の大きなノッカー(これも金製)を数回叩く。そして大声ですいませーんと声を出した。
そして待つこと一分程。もう一度ノッカーと叩こうとした時のことだった。
大きな樫の扉が僅かに開き、そこから屋敷内の暖かな空気と柔らかな明かりが漏れる。
「失礼しました。少し取りこんでおりまして。」
そう言って姿を現したのは全身が気品溢れる黒で統一された人間だった。歳はまだ17,18といったところだろうか?
クシャクシャとしているものの、それでも尚美しい黒い髪にカッコ良くも悪くも無いがそれでも凛々しさと優しさを感じさせる顔に輝く黒の瞳。全身を包むのは胸元から肩にかけて銀の二連チェーンの装飾が美しい黒のドレスローブ。首元の黒のネクタイも中々に似合っている。見た目から印象を一言で言うと、まさしく屋敷の使用人の中でも高位に当たる人間。いわば、執事か家令といった言葉がピッタリな人間だった。いや、あるいは魔法使いか?
男は続ける。
「手前はこの屋敷の管理を任されております。当家の家令で名をアリエス=ド=フィンハオランと申します。」
「あっ!・・ども。アスロック=ウル=アトールっす。」
普段敬語なんか全く使わないアトールだが、こうまで畏まった言い方をされるとついつい敬語風な話し方になってしまう。
真にぎこちない敬語ではあったが、アリエスはそんなことを一切気にしない様子で続けた。
「アトール様ですね。それでアトール様。今夜は当家にどのような御用でしょうか?このような夜半に尋ねて来るということは余程緊急の御要件とお見受けしますが?」
「いや・・その・・・」
普段“空気読めない”なんてよく言われるアスロックも少しだけためらう。しかしすぐにいつもの調子を取り戻した。
「俺、旅してるんだけどさ・・・。ホートタウンに向かう途中にちょっと道に迷ったみたいで・・その上、雪も降ってきたし、どうにか今夜一晩だけでも泊めてもらえないかなって?」
その言葉にアリエスは驚いたように眼を丸くした。
まあ、普通に考えて迷子になるような年齢でもないし、道すがら行けばホートタウンに辿り着いたのだからこんな所に何故いるのかということを考えれば驚かれるのも当たり前だろう。
そして・・・
「・・・」
呆れられるのもまた必然である。
「あの・・・」
アスロックは立ち尽くすアリエスにもう一度声をかけた。
「どうしても駄目かな?何なら家の中なら物置でもいいからさ・・。」
「・・・畏まりました。中にどうぞ・・。」
そう言うとアリエスは大きく樫の扉の片方を左側に引いた。
途端にアスロックの体を柔らかく温かな風が包み込む。
アリエスに導かれ、アスロックは屋敷の中に入ると同時に大きくため息をついた。
一言で言えば感嘆したのだ。
メインエントランスは3階まで吹き抜け。足もとの金糸で装飾された深蒼の絨毯は足元を取られる程に柔らかく、そこ彼処に飾られている調度品もすべて素人眼のアスロックが見ても分かるぐらい高そうなものばかり・・・明らかにこんな服装の自分がいるのは異端な場所だ。
「こちらにどうぞ。」
アリエスに先導され、アスロックはエントランスの中央にまるで大鷲の翼のように広がるメイン階段を上って2階へと進む。そして、暖炉の燃え、アンティークな家具と調度品が並ぶ部屋へと通された。
「私は、主人と話して来ますので、ここでしばらくお待ちください。」
そう言うとアリエスは速やかに部屋を出ていった。
アスロックもその場にあったソファへと腰を落ち着ける。
腰まで埋まってしまいすぐに姿勢が崩れてしまった。
そして、貧乏臭く辺りを見回す。暖炉の上にある燭台と絵画。
これだけでも10,000リーラ以上するのではないだろうか?
少し手に取って見てみようと思い、手を伸ばした時だ。
ガタッという扉の音にビクッと小さく震えてアスロックは手を引っ込めた。いや、別に盗ろうとしてたんじゃないんだからビビる必要もないのだが・・ん?あるか?
「アスロック様。お待たせしました。当家の主がお会いになります。失礼ですが、一緒にお越し頂けますか?」
戻ってきたアリエスに連れられてアスロックは再び、今度はそれほど豪華では無い階段を上がる。そして、屋敷の3階のある部屋の前で立ち止まった。
“執務室”と金のプレートにこれまた装飾筆記体で美しく描かれた部屋だ。
アリエスが扉を二回ノックする。
「シルフィリア様。御客様を連れてまいりました。」
「どうぞ〜。」
綺麗で柔らかな女性の声が響いた。
アリエスが扉を開け、アスロックは中に入る。
そして、まずその部屋の内装に驚いた。
飾られた帆船模型。天井には小さいながらも機能的なシャンデリア。暖炉は煉瓦製でパチパチと火が燃えている。8つある深緑の接待用の椅子は玉座の如く豪奢でその向こうにある大きな執務机の上には磨りガラスでつくられた綺麗なチェス盤が置かれていた。
そして、その机の前にこの家の主の姿を見つけた。
「はぁ〜・・・」
アスロックは屋敷を見たときよりも深い溜息を洩らしてしまう。
そこに座っていたのはアリエスと同じ17,18ぐらいの少女だった。
そしてその少女はとてつもなく可愛く綺麗な女の子だった。
それはもう尋常じゃない程に。異常なんじゃないかという程に。
どのくらいかというと、世界トップアイドルが彼女を見た途端に自身喪失して卒倒するかあるいは、辞書で清楚可憐という言葉を調べれば彼女のことと書いてありそうなぐらい。
というよりもむしろここまで綺麗で可愛いと人であることすら疑ってしまう。本当は天使かあるいは女神なのではないだろうか?
長すぎて床にこぼれ落ちる髪は限りなくストレートなセラミックホワイト。大きな瞳はサファイアを思わせるブルーで肌は透き通る程に白いのに不健康には見えず、むしろ健康的にすら見える。
来ている服も一風変わっていて、肩に金の二連チェーンが飾るショートジャケットを真っ白なブラウスの上に着て、首元にはルビーを中央にあしらった白のリボンタイ。
足元はスラックスと袴の中間のような裾の広い、しかし優美な黒のズボンを穿き、足元は革製のショートブーツという明らかに貴族のお嬢様的な整った身なりをしていた。
「ようこそいらっしゃいました。えっと、アフラック様?当家主人にして“リオレスト”兼“コンシェルジュ”をしています
シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリア
と申します。」
「どうも。一応訂正しとくが、そんな保険会社みたいな名前じゃなくてアスロックだ。」
「それは失礼しました。・・アルソック様。」
シルフィリアはそう言うとニッコリと笑った。
でも、なんか今度は警備会社になった気が・・・
う〜ん。反省しているのか?この女は・・。
しかし、かわいい・・・。アスロックだって健全な男である。
一気に頭のどこかに抱き締めてみたいという感情が浮かぶが、なんとかもみ消した。
シルフィリアが続ける。
「それでアスロック様。本日、当家には一晩でいいので泊めて貰いたいとのことですが?」
「ああ・・そうなんだ。」
アスロックも照れつつ反論した。
「外が雪でちょっと野宿するのは辛い。だからできれば泊めて欲しいんだけど・・。」
良く考えてみるとこれは厚かましいお願いなのか?いや、そんなことはないだろう。ただ、いきなり行って夜中に呼び鈴を鳴らし、泊めてと言っただけだ。
見ず知らずの家に・・・。
「お泊めするのは構いません。」
その証拠にシルフィリアは案外あっさりと了解してくれた。
「しかし、時間が時間なだけに今夜の夕食は用意できませんし、部屋も用意できませんから、先程の客間のソファで寝る事になりますけどよろしいですか?」
「ああ、構わない。」
「それでしたら一向に構いません。明日の朝食は準備しましょう。」
「悪いな。」
「いいえ。」
どうやら話もひと段落してまとまったらしい。壁に掛かっている時計が指し示す時刻は午後10時。まだ、この2人も眠るのには早かろう。ならば・・とアスロックは先程の意味不明な単語について尋ねてみる事にした。
2人の都合などまったく考えることも無く。
「ところで・・・。」
「なんですか?」
「さっき言ってた“リオレスト”と“コンシェルジュ”ってなんだ?あんま聞かない職業だけど・・・」
「その質問には私が答えましょう。」
シルフィリアの傍らで大人しくしていたアリエスが口を開いた。
そしてそのまま口元をシルフィリアの耳元へと近づける。
「シルフィー・・そろそろ明日の準備しないといけないでしょ?こっちは俺が相手しとくから君は明日の支度して今日は早く寝た方がいいと思うけど・・・。」
「それもそうですね。」
もちろんこの会話はアスロックには聞こえておらず、アスロックは首をかしげてこちらを見ていた。
シルフィリアはそのまま立ちあがり、「後のことは彼に任せますから彼に申しつけて下さい。」とだけアスロックに行って部屋を後にした。残されたのはアスロックとアリエスだ。
「えっと・・アリエスさん。」
「アリエスで結構です。」
「じゃ、アリエス。その堅苦しい喋り方どうにかならないか?なんかこう・・・息苦しいと言うか・・・。」
「一応客人の前ということで最低限の体裁ですからお気になさらずに・・。」
「俺が気にするの。泊めてもらうって言ったって宿代も無いんだから客でもなんでもないし、もっと砕けた喋り方してくれ。ついでに俺のこともアスロックでいい。」
それを聞いてアリエスはハァーと深い溜息をついた。まるで肩から荷物でも降ろすが如く。
「わかった。なら、いつも通り喋らせてもらう。それでリオレストとコンシェルジュについてだが・・・」
一気に砕けた喋り方―おそらくこっちが彼のデフォルトなのだろう―で部屋の空気が一気に楽になった。アスロックとしてもこちらの方がやりやすくてうれしい。
「アスロック。君は魔道武器(スペリオル)を所持しているね。」
「ああ、これのことか?」
アスロックは腰のエア・ブレードを擦った。
「それを君がどんな手段で手に入れたか知らないけど、例えばその剣を君は店で買ったとしよう。」
「そうだな・・・まあ、2000リーラあれば安いブレードなら買えるしな。」
アスロックの自覚の無い必殺技“話を逸らす”を完全に無視してアリエスは話を続けた。
「じゃあ、アスロック。その店はエア・ブレードをどこから仕入れてると思う?」
「え・・・店で作ってるんだろ?」
「確かにそう言う店もある。ついでに古代遺跡から発掘される場合もあるし、旅の人間が店に売ることもあるだろう。でも、それだけだと、人口が増え続ける一方で優秀なスペリオルは少なくなる。どんな人間でも自分の武器は優秀な物がいいと思うからな。」
言われてみりゃそうか・・・そりゃ劣化品よりは強度の高いモノの方がいい。
「そんな優秀なスペリオルを作る職人の中でも特に凄い超一流の職人を敬意と畏怖をもって“リオレスト”というんだ。まあ、これは俺や彼女の国の言い方で他にも“マエストロ”とか“メーカー”とか“錬金術師”とか“スペリオルスミス”とか言い方はたくさんある・・。理解した?」
「・・・・どういうことだ?」
「世界でも屈指のスペリオルの製作者ってこと。後はコンシェルジュだな。」
アリエスは苦笑いをしながら話を続けた。
「コンシェルジュってのは正式名称スペリオルコンシェルジュって資格だ。一応、俺の国では国家資格だった。」
「だった?」
「もう俺達の母国“エーフェ皇国”はないからな。“だった”だよ。」
「あぁ・・・」
この大陸でもかつて戦争があり、そこでいくつもの国がこの大陸から消えた。いまさら“だった”なんて話をされたところで別に驚きもしない。
「コンシェルジュってのは、まあ、これも簡単に言うと、スペリオルの見立て人ってとこか・・。」
「見立て人?」
「そう。例えばアスロック。君は得意な魔術の系統はなんだい?」
「火・・だな。」
「そうか。逆に俺は火の魔術が苦手だ。そこで問題。例えば君に火系統の魔法石を内蔵し、なおかつ、君にピッタリな武器を使って戦闘したとしよう。するとどうなる?」
「どうなるって?・・普段より戦いやすいだろ?」
「正解。じゃあ、逆に俺が俺と全く波長の合わない火の武器で戦ったらどうなると思う?」
「まあ、普段よりかなり弱くなるんじゃないか?」
「その通り。じゃあ、アスロック。君ならどっちを使いたい?自分の波長に最高に合う武器と、自分と波長が合いにくい武器。」
アスロックは即答する。
「そりゃ合ってた方がいいだろ?」
「じゃあ、数あるスペリオルの中から君はどうやってその最高に波長の合う武器をみつける?」
「それは・・・・」
そこまで言ってアスロックは口を噤む。しばらく考えてそんなのはほとんど不可能ということに気が付いた。スペリオルは例えば、剣や槍やナイフなど、形こそ限られているが例えば同じエアブレードでも“ロングソード形”と“サーベル型”等の細かな種類まで考えると何万通り。術との組み合わせまで考えるならゆうに億を超す。
そんな中から自分にピッタリな物など探していたら見つけた頃にはスペリオルも使いこなせない爺になっていることだろう。
「それを見極めるのがコンシェルジュの役目だ。依頼人(クライアント)に対してどんなスペリオルが一番使いやすいかを見極め、依頼人が望むなら、そのスペリオルの捜索や入手を行う。それがコンシェルジュ。」
「じゃあ、例えば俺に対してもその波長ってのが合うスペリオルを見つけられるのか?」
「もちろん。彼女が本気を出せばどんな人間であろうと最良のスペリオルを見極め、例えそれが現在海底にあろうとも入手することは可能だよ。まあ、もちろん依頼料はとんでもなく高額だし、なにより・・・」
「なにより?」
「シルフィリアの気分次第かな?彼女は依頼人の人間性でヤル気が変わる気分屋だから・・。気に入った人間には例え地の果てまで行ってもスペリオルを探すし、気に入らない人間ならテキトーにそこらへんの武器屋で最良のもの程度で済ませる。彼女に最低だと思われようものならそもそも依頼自体を断られる。」
マイペースである意味気分屋でもあるアスロックもこれには呆れてしまった。
「それでよく商売が成り立つな・・。」
「一回の依頼料が抜群に高いし、それに他のコンシェルジュに比べて見極めも上手いからね。それに例えば依頼人に一番合った武器がエア・ブレード程度のものなら彼女はその場で自作して即日で引き渡しができる。」
確かな品質、任せて安心、簡単スピーディー。なんかどっかの社則みたいだが、確かにこういう生業においてはそれが一番重要だろう。それにさっき貴族が足蹴く通っていると言っていたし、その意味ではこんな家に住んで先程下に居た子供を養っていけるぐらいの財政的余裕は十分にあるのかもしらない。
ちなみに・・・
「依頼料っていくらぐらいなんだ?」
「それもシルフィリアの気分次第。安ければ1リーラから高ければ100万リーラまで様々だ。ちなみに現在依頼料の最高額は1億2800万8270リーラ。でも、タダってこともあったかな?ああ、もちろん、価格は経費とか材料費とかも全部込で・・・」
ん〜・・・ちょっと払える額ではないかもしれない。ってか一億リーラあれば人生を10回ぐらい遊んで暮らせるのではないだろうか?
「なんか・・すげーな・・。」
アスロックは単純に感嘆の声を上げた。
「さて、今夜はもう寝るといい。雪も明日には積もるだろうし、先程、暖炉の薪も足しておいた。それに・・・」
アスロックが僅かに腹を擦ったのをアリエスは見逃さなかった。
クスリと微笑を浮かべながらアリエスは執務室の戸を開いた。
「使用人に部屋に少しだけどパンとチーズと果物を用意させておいた。ついでにワインと水もボトル一本ずつ。部屋に戻って食べるといい。明日の朝食は豪華にするよ。」
「おお!ありがとう!」
アスロックは椅子を立ち、アリエスの開けてくれた戸を通って部屋へと向かった。
部屋には既にソファに枕と毛布が置かれ、簡易ながらベットが造られ、目の前に置かれたローテーブルにはアリエスの言った通りの食べ物が・・・・
「それじゃ、おやすみ。」
アリエスはそう言って客間の戸を閉めた。
アスロックは「ああ・・」とアリエスに言ってから目の前の食べ物とワインに手を付ける。
そして、アスロックが眠りにつく頃となっても尚、まだ外は雪が降り続いていた。
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